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安楽死と尊厳死について思う事

前回の「脳死と臓器提供について」の続きです。

安楽死と尊厳死は「一緒です」と言っちゃっている方もいますが、

個人的にはニュアンスの違いと思ってます。

安楽死・・・単純に延命治療をしない

尊厳死・・・生き生きと最期を迎える

と自分の中で定義しています。
まぁ尊厳死も原則延命治療しないわけだから広義では安楽死なんでしょうが。併せてどう捉えるかです。

今はまだお医者さんも積極的に延命治療を回避するような提案はしづらいと思います。

積極的安楽死、とみなされてしまえば殺人ですからね・・・。

 

安楽死と尊厳死の曖昧な線引き

結局、線引きがはっきりしていないのですよね。
法律制定から逃げている、というか、賛否両論あってまとまらないから出来ないっていうのもあるのでしょうね。
これは仕方ない気もします。

でも曖昧が故にお医者さんも提案しづらいでしょうし、患者さんもそのせいで選択の幅が狭まります。

安楽死を議論する前の議論として、「余命宣告」をすべきかどうかが大前提の話になってきます。

 

余命宣告に関して個人的に思う事

人によってはちゃんと残りの期間を教えてもらって、最期にやり残すことが無いように生きたい、と考える人もいれば、余命宣告なんてしたらショックで塞ぎ込んでしまう、なんて方もいるかもしれません。
生きることを諦めてしまう、という人もいるでしょう。

 

性格は家族がよくわかっていることなのでしょうが、基本的には「言うべき」と個人的には思います。
もう何十年も生きている(子供は除く)のですから、自分の死は受け止めましょう。受け止めてください。

そして残りの人生を悔いなく生きましょう。と私は個人的には思います。

少なくとも痛い・辛い・苦しいのはキツイ!!
そのお陰で少し長く生きられたとしても、全く嬉しくありません。個人的には。

人生の最期に、生きるために闘うべきなのでしょうか???
人生の最期は、安らかに死ぬための安息が必要だと、私は思います。

と、軽々しく(自分は辛いのが嫌なので)楽な方を選んでしまいますが、

これも「人間として最期はどうあるべきか」と難しく考えると、答えは出せません。

 

前もって家族と話し合っておこう

こういったお話をやはり生前・元気なときに家族にしておくというのは大事ですね。

いつ生命の危険が訪れるか分からないわけですから。

私は間違いなく「辛いのはいやだ!!!」と言っておくと思います(笑)

 

積極的安楽死(医者が同意無く、筋弛緩剤打っちゃうとか)は殺人ですが、

消極的安楽死の場合は、お医者さんは罪に問われません。


判例によると、
・患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること。
・患者は死が避けられず、その死期が迫っていること。
・患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと。
・生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること。
要はインフォームドコンセントが重要だと(今は当たり前)いうことですね。

この同意を患者さんに頂くかもしれないのですから、やはり余命宣告は前提として絶対必要と、私は思いましたが・・・。

う~ん、この判例の文を見ていると、やはり個人的には、「こんなになる前に、さっさと死なせてくれ・・・」と思ってしまいます・・・。

前回の臓器提供や安楽死について、家族で真剣に話合う機会を是非作って頂きたいと思います。
まぁ、学校で意識植えつけるのが大事な気がしますが。